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「旧長谷川治郎兵衛家」へ行ってきました〔薄茶と干菓子で一服〕 [豪商のまち松阪を歩く]

2019年10月2日(水曜日)午後2時55分頃、三井グループの祖・三井高利を始めとする松阪商人を輩出した「豪商のまち」として知られる三重県松阪市(まつさかし)魚町にある「旧長谷川治郎兵衛家」へ行ってきました。

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~ うだつが上がる「旧長谷川治郎兵衛家」の主屋。

国指定重要文化財(建造物)の「旧長谷川治郎兵衛家」は、三井家、小津家などと並ぶ松阪商人を代表する豪商・長谷川家の本宅で、2019年4月5日より本格的な公開が始まりました。

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~ 「旧長谷川治郎兵衛家」の主屋正面(入館口)。家紋(丸三)が見えます。

 ・開館時間:午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
 ・休館日 :月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始
 ・入館料 :大人320円、小中学生・高校生160円




さて、受付で入館料と呈茶代を支払った後、主屋の通り土間を抜けて、台所より主屋へ上がりました。向かったのは呈茶席がある大正座敷です。

呈茶席は、大正座敷の次の間に設えてありました。

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~ 呈茶席。床に掛けてあるのは、裏千家11代玄々斎の長谷川家9代当主へ宛てた書状。

宇治抹茶とお干菓子をいただきました。

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なお、「旧長谷川治郎兵衛家」において2019年12月15日(日曜日)まで、「長谷川家の茶の湯」が開催されています。蒲生氏郷作の茶杓、裏千家宗匠と長谷川家歴代当主との親交が窺われる書状、茶道具などが展示されています。

☆ 「旧長谷川治郎兵衛家」(三重県松阪市魚町1653番地)






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「旧長谷川治郎兵衛家」へ行ってきました [豪商のまち松阪を歩く]

2019年6月19日(火曜日)午前11時25分頃、三井グループの祖・三井高利を始めとする松阪商人を輩出した「豪商のまち」として知られる三重県松阪市(まつさかし)魚町にある「旧長谷川治郎兵衛家」へ行ってきました。

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~ うだつが上がる主屋。

国指定重要文化財(建造物)の「旧長谷川治郎兵衛家」は、三井家、小津家などと並ぶ松阪商人を代表する豪商・長谷川家の本宅で、2019年4月5日より本格的な公開が始まりました。

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~ 主屋正面(入館口)。家紋(丸三)が見えます。

 ・開館時間:午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
 ・休館日 :月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始

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~ 大手通より撮った「旧長谷川治郎兵衛家」。(右から左へ)米蔵・大蔵、離れ棟、四阿、木が生い茂る回遊式庭園が見えます。






さて、受付で入館料と呈茶代を支払った後、主屋の通り土間を抜けて、台所より主屋へ上がりました。向かったのは呈茶席がある大正座敷です。

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~ 大正座敷の次の間より広間を撮る。見る角度によって濃淡が変わる珍しい欄間。

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~ 大正座敷の広間。

呈茶席は、大正座敷の次の間に設えてありました。

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~ 床の間に「長谷川邸茶会記」が掛けてありました。

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宇治抹茶と松阪銘菓「鶴の玉」をいただきました。

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☆ 「旧長谷川治郎兵衛家」(三重県松阪市魚町1653番地)






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「旧小津清左衛門家」へ行ってきました [豪商のまち松阪を歩く]

松阪牛(まつさかうし、まつさかぎゅう)(※1)で知られる三重県松阪市(まつさかし)(※2)は、三井グループの祖・三井高利を始めとする松阪商人を輩出した「豪商のまち」です。

(※1):松阪牛協議会ホームページの「松阪牛の定義」を参照すると、松阪市の名産品「松阪牛」の正しい読みは「まつさかうし」または「まつさかぎゅう」で、「まつざかうし」と「まつざかぎゅう」は間違いだそうです。


(※2):松阪市のホームページの「松阪市の概要」を参照すると、戦国武将・蒲生氏郷の開府以来使用されていた「松坂」は、「大坂」が「大阪」に変更されたこともあり、明治22年(1889年)の町制施行の際に「松阪」に統一され、現在に至っているそうです。また、江戸時代から「まつさか」または「まつざか」の2通りの読み方が存在していましたが、2005年(平成17年)1月1日の市町村合併に伴い、読み方を「まつさか」で統一したそうです。


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~ 三越伊勢丹ホールディングスより寄贈された「ライオン(来遠)像」がある三井家の屋敷跡地に整備された「豪商ポケットパーク」(松阪市本町2176番地10)。






さて、2019年6月11日(火曜日)、名古屋発午前9時37分のJR「快速みえ3号 鳥羽行」に乗って松阪へ行ってきました。時刻表通り午前10時45分に松阪着。

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~ 松阪駅北口。松阪駅は、JR東海(東海旅客鉄道)と近鉄(近畿日本鉄道)の共同駅です。

松阪駅北口より松阪市駅前通り商店街「ベルタウン」、よいほモールを通って、三井家発祥地へと歩きました。

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~ 「日野町」の町名表示板。松阪を作った戦国武将・蒲生氏郷(がもううじさと)が生まれたのは、近江日野(現在の滋賀県蒲生郡日野町)です。

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~ 三井家発祥地。越後屋、三越(三井越後屋)と発展した三井グループの祖・三井高利ゆかりの地、私有地のために敷地内の観覧は不可です。

三井家発祥地を後に、旧小津清左衛門家へと歩きました。

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~ 三井・長谷川などと並ぶ屈指の豪商だった旧小津家の本宅です。1996年10月より一般公開されています。

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~ 開館時間:午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)、休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)・年末年始。

旧小津清左衛門家の主屋には、見世の間・奥見世の間・勘定場・茶の間・表座敷・奥座敷など15ほどの部屋があります。

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~ 茶の間。

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~ 表座敷。

s_190611松阪あるき15、旧小津清左衛門家(表座敷の欄間).JPG
~ 表座敷の欄間、この意匠(〇とハート形)の欄間を初めて見ました。

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~ 写真はありませんが、うだつにも珍しい意匠が施されていました。

☆ 旧小津清左衛門家(松阪市本町2195番地)

旧小津清左衛門家を後に、2019年4月5日にオープンした松阪の歴史や文化を、もっと楽しく発信!松阪「まちなか観光」の拠点「豪商のまち松阪観光交流センター」(松阪市魚町165番地3)へと歩きました。






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