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豊蔵さんの「水月窯」・・・(1)臨済宗南禅寺派「虎渓山永保寺」 [美濃桃山陶の地探訪]

  岐阜県多治見市虎渓山町にある「虎渓山永保寺」は、1313年(正和(しょうわ)2年)に夢窓国師により開創され、開山は夢窓国師に後亊を託された佛徳禅師とする臨済宗南禅寺派の寺院です。

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~ 2023-11-20 国宝「観音堂」(正称:水月場)
 *投稿写真のキャプションに冠してある年月日は、撮影した日です。

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~ 2022-05-30 臥龍池の此岸と彼岸を結ぶ「無際橋」

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~ 2023-05-18 梵音巖上に建つ六角堂(正称:霊擁殿)

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~ 2022-03-15 国宝 開山堂(正称:無相堂・僊壷堂)

  虎渓山永保寺には、国宝「観音堂」(正称:水月場)、国宝「開山堂」(正称:無相堂・僊壷堂)を始め、「わが国中世庭園文化史のうえで最も代表的な作庭家夢窓疎石の作風をよく伝えるものであり、特に当時の建物(国宝観音堂ならびに開山堂)とあわせ残されているものは当永保寺のみである。」と文化庁が運営する「文化遺産オンライン」において紹介されている国指定名勝「永保寺庭園」などの文化財があります。

  また、虎渓山永保寺には臨済宗南禅寺派の専門道場が設置されており、雲水と呼ばれる禅宗の修行僧が修行しています。虎渓山永保寺の塔頭(たっちゅう)は現在、保壽院、続芳院および徳林院の3院ですが、『永保寺庫裏跡発掘調査報告書』(多治見市教育委員会、2007年3月発行)の11ページに載っている「表5 永保寺の塔頭」(記録に残る永保寺の塔頭)を参照すると、1609年(慶長14年)における塔頭の数は21院となっています。

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~ 2023-05-18 臨済宗南禅寺派「虎渓山専門道場」

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~ 2023-11-09 保壽院(1341年創建)

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~ 2023-11-09 続芳院(1342年創建)

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~ 2023-11-09 徳林院(1351年創建)

縁に随う

縁に随う

  • 作者: 荒川豊蔵
  • 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版
  • 発売日: 1977/02/01
  • メディア: 単行本


  さて、虎渓山永保寺の境内には、志野と瀬戸黒で国の重要無形文化財保持者(人間国宝)の荒川豊蔵さん(1894~1985年)(以下「豊蔵さん」)が1981年(昭和56年)10月に建立した石碑が2基あります。1基は黒門(総門)横にある石碑「虎渓山永保寺」、もう1基は、虎渓山永保寺を開山した佛徳禅師がお手植えしたと伝わる大銀杏の前にある石碑「佛徳禅師 御手植銀杏樹」です。

1.2023-10-27 黒門(総門)横の石碑「虎渓山 永保寺」(永保寺住 香南軒老師 昭和五十六年十月 建立者 米壽 斗出庵)(※1)

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231027虎渓山永保寺02、黒門.jpg

2.2022-11-11 大銀杏前の石碑「永保寺開山 佛徳禅師 御手植銀杏樹」(永保寺住 香南軒老師 昭和五十六年十月 建立者 米壽 斗出庵)

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221111虎渓山永保寺10、石碑「佛總禅師御手植銀杏」.jpg

(※1)「斗出庵」は、豊蔵さんが南禅寺八代管長で永保寺老師を兼務した嶋田菊僊さんから昭和30年頃にいただいた号、豊蔵さんが斗出庵という号を用いるようになったのは1972年(昭和47年)頃。■参照:図録『人間国宝 荒川豊蔵』(中日新聞社、2007年1月発行)に掲載の正村美里 編「荒川豊蔵 年譜」

・・・(2)「虎渓茶」は江戸時代の銘柄茶だった へと続く


縁に随う

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  • 作者: 荒川豊蔵
  • 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版
  • 発売日: 1977/02/01
  • メディア: 単行本



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