SSブログ

「揚輝荘」に残る松坂屋の商標「いとう丸」 [揚輝荘]

名古屋・覚王山(かくおうざん)にある「揚輝荘(ようきそう)」は大正から昭和初期にかけて、株式会社松坂屋初代社長の15代伊藤次郎左衛門佑民(すけたみ)さんによって構築された別邸です。

s_190105揚輝荘18、旧正門.JPG
~ 北園の入口に移築された「揚輝荘」の旧正門、表記が「揚煇荘」となっています。

「揚輝荘」は現在、南園(約2,700㎡)と北園(約6,500㎡)に分かれていますが、最盛時には約33,000㎡の敷地に移築・新築された建造物が30数棟があったそうです。

現在残っている建造物は、南園の「聴松閣(ちょうしょうかく)」、「揚輝荘座敷」、北園の「伴華楼(ばんがろう)」、「三賞亭」などです。

s_190105揚輝荘01、聴松閣.JPG
~ 「揚輝荘」南園にある一般公開されている「聴松閣」は迎賓館だった建物です。観覧料一般/高・大学生300円など。

s_190105揚輝荘14、伴華楼.JPG
~ 「揚輝荘」北園にある茶室付和室「伴華楼」、毎週水・土曜日に行われている事前予約制ガイド付き建物見学で内部の見学ができます。

s_190105揚輝荘16、茶室「三賞亭」.JPG
~ 茶室「三賞亭」は1918年(大正7年)に茶屋町(現在の丸の内二丁目)の伊藤次郎左衛門家本宅から移築された「揚輝荘」で最初の建物で、現在は毎年春と秋に「揚輝荘茶会」が開かれています。

老舗百貨店の接客法―松坂屋の史料が語る店員の“心得”

老舗百貨店の接客法―松坂屋の史料が語る店員の“心得”

  • 作者: 智樹, 末田
  • 出版社/メーカー: 風媒社
  • 発売日: 2019/04/01
  • メディア: 単行本


さて、2019年1月5日(土曜日)の午後0時55分頃に「揚輝荘」へ行ってきました。目的は、「揚輝荘」にある松坂屋の商標「いとう丸」を確認することです。

最初に確認したのは、南園から北園への連絡通路横に保存されている「いとう丸」です。

s_190105揚輝荘03、「いとう丸」.JPG
~ 1930年(昭和5年)に旧いとう呉服店の一角(現在の本町通・京町通交差点の北西角)に竣工した伊藤銀行の正面に飾られていたものだそうです。

松坂屋ホームページに載っている「商標について」を参照すると、商標「いとう丸」は;
松坂屋の前身である いとう呉服店の「いとう」を形にしたもので、井桁が伊、中央のくずし字が藤を表しています。

そうです。

次に「いとう丸」を確認できたのは、「聴松閣」1階の喫茶室(旧食堂)の入口前に展示されていた茶釜です。

s_190105揚輝荘04、茶釜(明治時代).JPG
~ 明治時代に来店者への呈茶のために使われていた茶釜だそうです。

北園にある「伴華楼」1階に、「いとう丸」の暖簾が展示されていました。

s_190105揚輝荘15、暖簾(いとう丸).JPG
~ 松坂屋京都店で使われていた暖簾。

前出の「商標について」を参照すると、商標「いとう丸」は1611年(慶長16年)の開業直後から暖簾や看板に使用していたものと思われるそうです。

☆ 「揚輝荘」
 (南園:名古屋市千種区法王町2-5-17 )
 (北園:名古屋市千種区法王町2-5-21)

nice!(80)  コメント(0) 
共通テーマ:グルメ・料理

nice! 80

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。